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座布団は少し得意げでした。
広いベランダの見晴らしの良い最高の場所で、
思う存分暖かな陽光を一身に受けていました。
「もう俺だけか」
ここに来た時は4枚1組の座布団でした。
この家の長男が生まれた時は
おくるみに包まれた赤ちゃんを載せて
一緒に写真に収まりました。
立派な金糸の房がついて、ふかふかの座布団に赤ちゃんを載せ、ご主人も奥さまも、とても満足そうでした。
家族で記念写真を撮るときも、
上等なお客様がきたときも、
僕らはいつも、大切な儀式の中心でありました。
あれは、お嬢さまのおねだりで、初めてこの家に犬がやってきたときのことです。
あの犬ときたら、この家に似つかわしくないほどやんちゃで、
いつも私たちの上に陣取りました。
「そこはお前が座るような場所じゃないんだよ」
何度言っても、どこ吹く風。
ご主人も諦めて、私たちの内の1枚は、犬専用となってしまいました。
しつけが始まる前の犬は、何度も何度も粗相(そそう)をいたしました。
そしてある日気づくと、大きなゴミ袋に入れられて、連れていかれてしまったのでした。
それっきり、僕らは3枚になりました。
そして、1枚はぼっちゃんが鍋敷きよろしく鍋をおいて焦がしてしまい、
1枚はまたあの犬です!思い出したくもありません。。
4枚揃って、この家の宝物のように扱われていた私たちは、
ついには私1枚となりました。
1枚ではなかなか使いようはありません。
それでも、ご主人専用の座布団として、毎日食卓の一番良い場所に陣取っていたことは、
唯一私の自尊心の支えでありました。
ただその頃にはもう、自慢の金の房々は抜け落ちて、ふくよかだった私はすっかりと痩せこけ、
まるでせんべい布団のようになっていました。
いや正確には、せんべい座布団と申し上げるべきでしょうか。
それでもご主人は、寝転ぶときには、2つ折りでむしろ便利だと、重用してくださったのでした。
おっと、昔語りが随分長くなってしまいました。
今日は久しぶりに、ベランダで干されながら、うららかな気持ちでそんなことを思い返していたのです。
たっぷりと陽を浴びて、すこし身体も若返り、はりも戻った気がします。
他にも新しい座布団が、私の横に並んでいましたが、
私はもっとも良い場所に干していただいたのです。
最初に、少し得意げと申し上げたのは、そういうわけでございました。
陽がおちて、少し寒くなってきました。
奥さまがあわてて、洗濯物を取り込みに出てきました。
そして私に手を当てながら、
「さすがにもう駄目ね。一番日が当たるとこにおいといたけど、あまり膨らまないわ。」
「そうか残念だけど、もう寿命かな。随分とお世話になったね。」
ご主人の声でした。
新しい座布団たちが、何やらヒソヒソと話しているように見えました。
ぽかぽかとあたたまった私の身体は、その余韻にひたりながら、おだやかに眠りにつきました。