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「恐怖とは時間に比例し、速度に反比例する。
つまり恐怖をFとすると、」
F=k・t/v
黒板に示した数式を指しながら、教授は続けた。
「恐怖とは、止まって考える時間の量に比例し、行動する速度に反比例する。」
教授は言った。
50を過ぎて漸く「助」が取れた教授は、実はかなりの恐妻家らしい。その反動か教室では沸点が低く、生徒からは恐れられていた。なんとも迷惑な話である。そんなふうだから昇進も遅れたに違いない。
教授は生徒が真面目に話を聞いているか確かめるように、教室の中を回遊しながら続けた。
「例えばあなたが乗っていた飛行機が墜落しそうだとする。そしてパイロットの必死の操縦でなんとか飛行を続けたとしよう。最終的に助かったにせよ、助からなかったにせよ、結末までの時間が伸びるほどに、さらには飛行機のスピードが落ちるほどに、恐怖は増大する。」
「さて、ここで、上の式にd=vtを代入してみよう。
すると F=t^2 / d
つまり時間と距離で考えると、時間が経つと指数関数的に恐怖は増大し、距離が遠ざかるほどに恐怖は減少する。
あなたがお化けを見たとしたなら、お化けが消えなければ恐怖が恐怖を呼ぶけど、それが遠くでちらっと見えただけなら、なんだろなあれは?で終わるということだね。対岸の火事と言うわけだ。わかるかな?」
ちょっと面白い解説をしたつもりだろうが、大して面白くもない。。
寝不足だった僕は、半分ウトウトしながら授業を聞いていた。
「コツコツコツ」
教授が後ろから近づいてくる音がする。
「ヤバい!」
授業態度が悪いと、情け容赦なく平気で落第点をつけるやつだ。
「コツコツコツ」
ゆっくりと、そして段々距離を縮めて近づいてくる。僕はやっと講義の意味を、身をもって理解した。
ゆっくりと近づく。つまり恐怖のFは極大化する。
果たして僕の居眠りはしっかりと見られてた。
「きみ。起きたかな?ちゃんと話を聞いていたなら、この数式が意味する実例をあげてみなさい」
この授業を落としたら、単位が足りず、留年決定だ。額から汗が滲む。まずいぞ。何か起死回生の答えをしないと。。
その時教授の口癖がふと頭に浮かんだ。
「いいかい、何事も応用が大事だ。それで無いと実社会ではなんの役にも立たないぞ。肝に命じておくように。」
「はい!ちゃんと聞いていました!身近な例で応用するなら、教授の奥さんが怒っている時は出来るだけ離れろ!ということです。」 我ながら上手いことを言った。教授のつまらない解説よりもずっと面白い。 果たして、教室はどっと湧いた。 そして僕の留年は決定した。